物心付いた頃に私の両親は離婚して母子家庭だった。
忘れない為、書き残して置く。
母親から母子家庭となったエピソードを思い出話としてよく聞いていた。
植え付けられた記憶か、はたまた本当の記憶か分からない。
ただ、幼いころの着ていた制服、遊具、友達の言動、好きだった先生など具体的な名前は覚えてないけれど記憶にはある。
8割は噓っぽいけど一般家庭じゃあまりありえないことが多いから、
フィクションだと思って読んでほしい。
真相は8割は本当のこと。
離婚の原因は父親のDV。
叩く、殴る、蹴るなど素手の暴力は当たり前、
掃除機の柄は約1mのプラスチックのパイプ、
これをフルスイングして殴っていたのも記憶にある。

母親はバカで気が強い。引くことを知らない。
力で敵わない相手でも立ち向かう。
正しい方法ならいいのだが、バカだから間違った方法しかしない。
亡くなる前も兄と喧嘩をして警察沙汰になることもあった。
離婚のきっかけとなった内容は以下の通り。
ある日両親が喧嘩をしていた。
喧嘩になった原因は聞いていない。不倫かギャンブルか浪費かもしれないし、些細なことかもしれない。
母親の頭を灰皿で殴り、血を流しているのを見て恐怖していた。
使用した灰皿はこれ↓↓
|
(湾曲した面についた灰を指の腹できれいに取るのが好きでよく怒られていた)
喧嘩したこと、怪我をしたことを口止めされていた。
しかし、あまりの恐怖に誰かに伝えて、どうにかしないといけない!!
と幼いながらも考えがあった。
共働きだったので保育園には1歳から預けられていた。
当時は3歳。頼れる人は親以外に保育園の先生しかいない。
ただ、詳細を話せる能力はなかったが、どうしても伝えたかった。
口止めされていたのに、全力で感情を表現していた。
保育園に預けられ母親が帰ると、
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
と頭を抑えながら泣き叫んでいた。
昼ごはんを食べてからも
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
と頭を抑えながら泣き叫んでいた。
昼寝してからも
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
「ちがが、ちがが、ちががうわぁぁぁぁあああああん」
と頭を抑えながら泣き叫んでいた。
一日中ずっと泣き叫んでいた。
3歳の子供が頭を抑えて、「ちがが・・・」って泣き叫んでいたら、
まず、その子供お頭を確認する。
無傷の頭を見て、大丈夫??とあやす。
それでも泣き叫ぶことを止めなければ、誰かが怪我をしたのだろうと推測する。
私は、幼いながら策略家だったのかもしれない。笑
いつもはほとんど泣かない優等生?が一日中泣き叫んでいるもんだから、
園内の先生ほとんどに知れ渡ったみたい。
保育園の先生達に訴えたかいがあり、
お迎えの時間には母親を先生達が取り囲み、
帽子で隠してた怪我を見つけられ先生達と母親の緊急面談が開催された。
「こんな酷い目にあって黙ってやり過ごせると思ったの?」
「全部話しなさい、今後も相談しなさい。」
とこっぴどく叱られたみたいだ。
私はというと1日中泣き叫んでいたので、疲れてずっと寝ていたそうだ。
先生にバレた母親は相談して父親と離婚。
こうして母子家庭となった。
できたばかり町営アパートの抽選を勝ち取り、引っ越ししたそうだ。
ま、母子家庭だから優先順位は高かったのだろう。
私がひねくれ者になる原因はここから始まった。
成人男性が怖く、男性恐怖症になっていた。
最後まで読んでくれてありがとう。
灰皿は凶器じゃないからね!!